さて、「シティタワー品川の再来」「道に札束が落ちてる」「一族郎党使って抽選に挑戦する」と期待されたアルファグランデ千桜タワーは、「中堅所得者が購入できる限度内の価格」や区議会での議論から予想された平均坪単価200万円台前半を大きく上回る平均坪単価350万円と発表され、誰もが申し込む激烈抽選物件から得なのか損なのか賛否が分かれる普通の物件になりました。
モデルルームの様子や物件の考察は他のブロガーの方がされていて論点も出尽くしているように思います。
それに何せ僕は価格を伝え聞いてモデルルームに行くのをやめたクチなので、そのあたりを語ることはできません。(笑)
僕が興味があるのはこの物件自体のことよりもこの物件がなぜこのような顛末を迎えてしまったのかということです。
情報の価値を決めるものは何か?
それについて話す前に、ちょっと別の話をしてみましょう。みなさんは情報の価値とはどこにあると思いますか?情報の中身だと答えるでしょうか。僕の考えは少し違います。
最近夜遅くなったり急ぎの用事でタクシーを使うことも多いのですが、その際ベテランドライバーだと抜け道を駆使して渋滞や信号待ちを避けて信じられないスピードで目的地まで運んでくれて驚きと感謝をおぼえることがあります。
(余談ですが、目的地を言った時に「どの道筋で行きますか?」と聞いてくる人はその感覚がないことが多いです。達人は自分の中に答えを持っています)
しかしながら、抜け道が多くの人に知られてしまっては、混み始めてそれはもはや抜け道としては意味をなさなくなってしまうでしょう。
あるいは、隠れ家的な名店。これも食べログや雑誌で取り上げられてしまうと本来の魅力だった居心地の良い空間や店主とのコミュニケーションは失われ、長蛇の列や時間制限といったひどい状況をもたらします。
またあるいは、東大入試で9割得点できる必勝テクニックがあったとしましょう。それが限られた人に共有されていれば知っている人は強力なアドバンテージを得られますが、それが書籍化され、ベストセラーになったりすれば、その必勝法を知らない人はそもそも合格はおぼつかず、知っている人の中の勝負になり、別にその必勝法自体の価値はゼロに限りなく近くなってしまいます。(9割以上のステージでの勝負に移行するだけです)
情報というのはその中身がいくら学びの多いものであったとしても、拡散して多くの人に知られれば知られるほどその価値はゼロに近づいていきます。だからこそ情報とはどれだけの人に開示するかが重要であり、それを守れないお調子者は周知対象から外される対応が待っているのです。
(何も持たない人が業界のオープン化、透明化を求めていくのも手持ちの武器が心もとないからなんとか立場を有利にしようとしているだけで、小国が軍縮・非武装の国際世論を盛り上げて大国の力を削ごうとするのと同じなのです)
シティタワー品川はもう現れない!?
話を戻すと、今回のアルファグランデがシティタワー品川と何が違ったかというと、個人ブログなどで注目の物件だということが議論され、目立ってしまったことだと思います。とはいえ、アルファグランデを取り上げたマンションブロガーが悪いとかそういうつもりはございません。その人が取り上げなかったとしてもきっと別の人が取り上げて世に知られることになっていたでしょう。個人が簡単に発信できるようになったことによって、価格の歪みが目につきやすく、是正されやすくなったということは言えると思います。もうシティタワー品川のような状況は時代的に起こりづらいのかもしれません。お得情報を全世界に向けて発信することによって、多くの人に知られ、お得だったはずの情報がお得でない情報になってしまいました。10人しか知らないことと100万人が知っていることでは同じ内容でもその価値が違うのです。これがアルファグランデ騒動の教訓であり、また情報化社会を生きる我々にとって学びのある教えだったと言えるでしょう。こちらもどうぞ
マンコミュスレッド
アルファグランデ千桜タワー
シティタワー品川
素朴な疑問ですが、「僕」ってDJあかいさんは男の方だったのでしょうか ?
ふふふ 僕っ子の可能性も微粒子レベルで存在するかも・・・?
学びがある。ホントに
あざす!計画通り!