昨日の日経記事にこんな見出しが乗りました。
『住宅に残価設定ローン、返済負担を軽減 官民で開発』
で、皆さん大いに騒がれていた訳です。
「残価設定が2割だと、購買力が2割増しになる!」
「残価は土地に設定する訳か!?」
「結局は価格が上がるだけ、地主とデベが得するだけ、けしからん!」
ちょっとちょっと待って!!!落ち着いて考えましょう。
いいですか? まずこれまでの住宅ローンというのは、単なる決められた年数で割った分割払いです。
購入者は購入価格を設定年数で割った金額を支払います。
よく、残債割れなんて言葉が話題に上るので混乱しやすくなりますが、残債割れとはあくまで自身のローン残高と時価の差額でしかありません。
極論、5年で住宅ローンを組めば残債割れなんてほぼ起こらない訳です。
一方で、残価設定というものは考え方がまるで違います。
N年後の市場価値を予め取り決めておき(≒買取保証)、購入者は現在価値とその保証額の差額を支払う、という考え方です。
この仕組みが浸透しているのがクルマです。
クルマというのは、非常に流通性が高く、かつ一部のスーパーカーみたいなやつを除けば嗜好品ではなく必需品(経済学上の概念)の為、景気にも左右されにくいものです。
なので、将来需要が予測でき、N年後は何円であると一定の精度で予測できます。
例えば、200万円の車があるとしましょう。
これがローンだと、5年間で200÷5=毎年40万円(月に3.3万円)支払わないといけない。
一方で、5年後クルマの価値は0円になりますか?ならないですよね。だってまだまだ動くし。
これが仮にじゃあ5年後50万円には確実になるよね、ということであれば150万円を5年かけて支払うことで良くなる。
よって年間支払いは150÷5=毎年30万円となり、月々は2.5万円と8,000円近く安くなるわけです。
結果、これまで200万円の車を買うと月の収支が5,000円赤字になっていた人でも残価設定であれば3,000円の黒字で買えてしまう、これによって売り手買い手双方に価値生まれる仕組みということです。
*金利とか、事業者の経費や買取再販時の利益など細かい点は抜いてシンプルに考えています
じゃあ、これを住宅に応用させるとどうなるか。
まず、前提として残価設定とは使用することにより価値が変動したり償却されるものに対して当て嵌まる「残存価値」という考え方です。
土地は5年後無くなりますか?無くならないですよね。
5年後土地の使用価値は今より落ちますか?基本落ちないですよね。
何もなければ5年後であろうが10年後であろうが価値が変わらないもの、それが土地です。
だから土地には残価もクソもありません。そもそも減価しないから。
一方で建物は、共用部でいえば塗装が劣化したり、専有部で言えばクロスが黄ばんだり、まあ価値が落ちていくわけです。
いつかはゼロになるの?なるんです。使用価値で考えるから。減価するんです。
なので、不動産における残価設定ローンとは、建物部分に適用されるものです。
土地まで含めた総額に適用するなんて、理論上あり得ません。
つまり仮に住宅購入に残価設定ローンが導入されても、土地はこれまで通り支払い能力に応じて割賦で買う、ということに変わりは無い筈です。
そして、建物に対して、N年後の市場価値をX(買取業者)が保証し、残価設定ローンが出来上がる訳です。
なんでまず、総額がすごーくお得になる、ということはありません。あくまで建物だけ。
つまりは土地代が安い郊外や地方で、購入価格に占める建物代が大きい方がお得比率は大きくなるとも言えます。
更に大抵の住宅ローンは最大35年ですから、建物の劣化が遅いRC(減価償却で言えば47年)の方が、ローン金額と減価設定時の支払差額が大きくなるはずです、あくまで理論上ですが。
じゃあ実際マンションで額に落とし込んでみるとどうなるの?
ちょっとケーススタディしてみましょう。 身を削って考えます。
ここに僕が買った某物件の売買契約書があります。
総額は6,000万円、ざっと土地代は3,650万円、建物代は2,350万円です。
これまでは35年ローンでこれを割ると171万円/年の支払いとなります。
*今回も金利とか諸々抜いてシンプルに考えるよ!
一方、残価設定時ですが、土地は今まで通り35年で割る訳です。3,650÷35=104万円/年の支払い。
で、建物は耐用年数50年とすると、10年後は2,350÷50×40=1,880万円の価値がある訳です。(実際には劣化には傾斜がかかる筈ですが、これも簡単に考えています)
つまり、現在価値の2,350万円―1,880万円=470万円÷10年=47万円/年の支払いとなります。
土地と合わせると、104+43=147万円/年。
本来の171万円と比べて、年24万円、月にして2万円も支払いが減る訳です。
あらハッピー!!!素敵!!!!
これで予算がもっと伸びる!!
事業者顧客win-win最高なんや!
いや、本当に???
そう簡単な話??
ここに不動産、特にマンション特有の難しさがあります。
そもそも現状マンションは(特に流通時は)厳密に建物価格がいくらで、土地価格がいくらなんて評価をしていません。
売却を経験されたことのある方ならお判りかと思います。別に査定額って土地建物で分けて出てこないでしょ。売る側も買う側もグロス価格で考える訳です。
(だから最終的には消費税を安くするために土地代にのっけてくれとか、減価償却たくさん取る為に建物代にのっけてくれとか、ライフハックが巷にはあるとかないとか)
これまで誰も、マンションのX年後の建物評価がいくらになるなんて、そんなアプローチで物事を考えたことがありません。
やったことがないことはそう簡単にできません。
クルマと違って、3年とか5年で手放す人はそう多くありません。景気変動を受けやすい不動産における10年後なんてどうやって占うんや・・・!しかも建物だけ。
いや、そもそも区分所有法において土地と建物は一体不可分なんです。
一体不可分で取扱いされる中で制度設計すると、買取側は相場変動リスクを限定する為に、「建物価格はこれに定めて土地は時価で買い取ります」となり、ボラを可能な限り土地に寄せてしまう設定にならざるを得ません。それにどう考えても再調達原価の物価変動より、土地の相場変動の方が通常大きいのでそこまで筋がおかしい話でもありません。
こうした観点から考えても、不動産における残価設定ローンとは、建物部分にしか適用されない、というのがお判り頂けると思います。
そして、相場下落時には値下がり分は全て土地代という扱いになり、購入者が損をするだけになってしまう。そんな仕組みになります。
(一体不可分なので建物だけ売るのは不可能です)
それなら売らない、とすると建物に対して新たにローンを組むわけですが、残価設定をやめると急に50年から35年で割ることになり月々の支払が増える。あらヤバい。
一方で再度残価設定を組む場合、相場下落時であると買取業者側はより安全サイドに見るでしょうから、その時点の残価とそこからX年後の残価(事業者安全価格)の差額を割るとこちらも前回より月々の支払いが増えるという結果に。
そしてこんなやりきれない事実を目の当たりにすると、土地代の時価評価や新たな残価設定で揉めるというケースも大いにに想像されます。
更に難しいのは、車と違って金額が大きい点です。 事業者側も顧客側も、下落・上昇率以上にリアルな額での金銭的利益不利益が大きくなってしまいます。 だからもっと揉める。
ここまでちょっと考えただけでもハードルが高いことが分かります。
今後の議論や制度設計次第でしょうが、そう簡単に「これまでよりお得に買える!」「更に値上がりする」等という結論にたどり着く話ではありません。
クルマと違って減価するものとしないものが混ざった設計は困難を極めるのです。
最後に本件は、戸建てを念頭に置いた議論だという点を補足しておきます。ネタ元の日経記事でも、戸建てかつ建物評価の話しかしていません。
そもそも古くの戸建ては約25年で建物価値が0になり、その後はほぼ土地のみで評価されていました。それが直近、長期優良住宅の普及で戸建ての築年後の価値が向上してきた。
そこで残価設定という考え方を入れることで、価値を担保し中古流通を増やしていきたいという思想が背景にある、ということです。
戸建ては土地建物が一体不可分ではないし、現状において既に分けて資産評価されることが一般的ですので、比較的馴染みやすいですよね。
以上、「住宅の残価設定ローン制度でマンション価格はどうなる?」でした。
あくまで現状の個人的考察であり、購入者事業者双方にメリットのある制度設計が今後進むことを望みます。
その結果土地も残価設定されるようになったらジャンピング土下座致します。
社会環境の変化(単身世帯増加、高齢化、晩婚化等)も踏まえた新たなローンの考え方などの発展を望みますし、一事業者として考えていきたいテーマでもあります。
それではまた来週のこの時間に!
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